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真・まうんてんの宿屋

フィドル奏者 井上陽介のBlog。福岡近郊のパブに出現。なんか最近やきうネタ増えた。

聴き返してみよう!シューマン 交響曲第2番

さて、本日はコチラ
シューマン:交響曲第1番&第2番シューマン:交響曲第1番&第2番
(2005/05/18)
クーベリック(ラファエル)

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チェコが生んだ偉大な指揮者、クーベリックによるシューマン
クーベリック、大好きなんです。メンデルスゾーンの真夏の夜の夢をこの人の演奏で聴いてからというものの、大ファンですw

さて、シューマンをついに取り上げるときが来ました!
私はクラシックの好きな作曲家を挙げて、と言われればベートーヴェン、シベリウス、それにシューマンを挙げます。脈絡ない組み合わせwですが、好きなんですよ。もっとも、現時点での好みなので年取ると変わる可能性は多分にあります。学生のころなんかはブラームスが大好きだったんですが、今はちょっと離れちゃってます。しかし、逆に年取るとまた好きになるんかなぁ、という気もします。

と、多少脱線したところでシューマンですが、彼の管弦楽曲を演奏する際にはどうしてもオーケストレーションが問題視されることが多いようです。実際、スコアに手を入れる指揮者は非常に多かったようです。バーンスタインの「シューマンのスコアはそのままで良く響く」という発言がその状況を裏付けています。

さて、そのシューマンの交響曲の中でもあまり演奏されない2番ですが、果たして楽譜通りに演奏すると響かないのか?
結論から言うとNoです。数年前に実際に演奏したのですが、イメージとは裏腹に実によく響くオーケストレーションでした(だから簡単か、というと話はかなり変わりますが)。1楽章などさぞ響きにくいだろうと思ってましたが、良く響きます。師匠が「良く響くね」と指揮しながら語っていたことはかなり印象に残りました。
考えてみれば1番も演奏したことがありますが、響かないという印象はあまりありませんでした。

主題がオーケストレーションに埋もれて提示しにくい、という点は確かにあります。また、第1楽章第1主題などは刻みに分割されているため、かえってリズムが埋没してしまうなど、そういう点から「シューマンのオーケストレーションは響かない」という印象論がまかり通っていたのではないでしょうか。

シューマンの音楽は彼の精神疾患と関連付けて語られることも多いですが、ならば第1楽章が掴みどころがないのはそういう音楽だからではないのか?と考えています。それこそ第1主題を刻まずにモチーフ通りに演奏した時のことを想像してみれば現在のオーケストレーションの方が優れているように思います。

楽譜を改変している演奏は邪道だ!なんて言いたいわけではないです。ただ、こういった風潮がシューマンの音楽を正当に評価しない方向に働いているような気がして、シューマン好きとしては物申したかっただけですw
実際上記の演奏も改変しているようですが、好きですしw
ただ、よくある改編として楽器を削る方向に働くのに対してクーベリックは更に楽器を加える方向で改変しているとのこと。作曲家でもある彼の思想が垣間見えて面白い。

さて、彼の残した交響曲の中でも精神疾患と関連付けて語られる2番ですが、人気も他の3曲に比べると少し落ちるようです。演奏が難しい、というかカラヤンが実演で取り上げた後、「もう金輪際やるものか!」と叫んだエピソードもあるようです。実際、所属しているアマオケで演奏しましたが、胃が破れる思いをしました…(アマチュアなりに大変だったんです…)。指揮者のT氏も「難しいんだよ~」と呻いておられましたw

そんな2番ですが、この演奏は実に端正で良いものです。この演奏以外にも結構2番のCDは持ってるんですが…、全部お気に入りの演奏で、ハズレはなかった気がします。難曲と言われてるのに不思議ですね。

お気に入りは第4楽章。第4楽章だけ聴くんではなくって、1楽章から通して聴くと不思議な高揚感があります。後半部の2/2と2/3が同時進行するところなど胸が躍る気がします。危ういバランスの上で、だけど確実に前を向いて歩む感じがたまらんです。

近年、この曲も少しずつ人気が出てきたようです。「現代人の病理」故に人気が出たのか?という意見もありますが、私は病気から立ち直ろうとするシューマンの精神に対する共感ではないか?と考えています。最終的には悲劇的な結末を迎える彼の物語ですが、この時点では長い迷路から抜け出ようとしていたのですから。

愛妻クララを意味するC-Dur。シューマンは愛妻をこの曲の中に求めていたのかもしれません。
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 シューマン 交響曲第2番

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