真・まうんてんの宿屋

アイリッシュフィドルを演奏しています。福岡近郊のパブに出現。なんか最近やきうネタ増えた。

ネルソン・マンデラ

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Facebook上でも多くの海外ミュージシャンが追悼の意を表明しており、20世紀~21世紀初頭においての社会的・文化的な影響力が非常に大きいことを改めて示す形となった。

反アパルトヘイトの闘士、ネルソン・マンデラ。

改めて当ブログに於いても慎んで哀悼の意を表すと共に、その偉大な功績に最大限の敬意を払いたいと思います。

アパルトヘイトという悪法に立ち向かったことだけにとどまらず、大統領就任後は民族和解の為に積極的に行動した。
これだけとってみてもいかに偉大な人物だったかということが伺える。
この点については多少南アフリカ共和国の歴史を紐解く必要があるが。

アパルトヘイト(Apartheid)とはアフリカーンス語で分離、隔離の意を持つ。
その意味の示す通り白色人種とそれ以外の人種を社会のあらゆる面で隔離しようという政策である。
ネルソン・マンデラがANC(アフリカ民族会議)にてその撤廃の為行動していたのは事実だが、主な行動者たる黒人間でも穏健派と過激派の根強い対立が存在し、それは時として流血の事態にも発展した。
もちろん、白人政権がそれを利用して政権の安定に努めていたことも事実だ。
単純に白人vs黒人、という図式のみからこの政策を見ると非常に分かりにくい面があるのはこういうことだ。
(それに触れないマスコミの怠慢にあきれているわけではありませんとも、ええ)

それでもなお経済的に優位だったのは地下資源が豊富だったから。ちなみに各国から経済政策喰らう中で日本はふつーに貿易してて「名誉白人」っつー称号を頂いたアレな過去もあり。
とは言え国際的な批判を浴び、経済制裁された上で国内外の反アパルトヘイト運動が高まったことからこの体制が崩壊することになるのですが。

例えば同じように人種隔離政策を敷いた旧ローデシア(現ジンバブエ)は内戦状態になり、黒人政権が成立した後は白人が次々に国外に脱出。基幹産業を失った結果今ではジンバブエ・ドルがネタにされるほどの貧しい国家になってしまった。
それを考えれば当時のデクラーク大統領のアパルトヘイト撤廃の決断、マンデラ大統領の人種融和政策はローデシア等の反省点を踏まえているとはいえ「やれることをやった」と評価してよいだろう。
ことの問題は単純な黒人vs白人の二項対立ではなかったのだから。

とはいえアパルトヘイト撤廃後の強烈な犯罪率の増加やアパルトヘイト時代に起因する教育の質など、南アフリカは問題山積み。決して将来は平坦ではない。今後マンデラ氏の残した遺産がどのように進化していくか、国際社会は注視する必要がある。

とは言え、「憎悪の地」であった南アフリカを内戦状態に移行させることなく現在の体制に移行させたのは紛れもなくマンデラ氏の功績であり、それについて疑問を挟む余地は全くない。
白人と黒人の融和、というのは他でもないマンデラ氏にしか成し得なかったことであろうし、その役割を果たしたことは非常に大きい。
27年間、劣悪な刑務所に収監されてなお、融和の為に行動できると言うのはもはやブログ主などには信じられないレベルだ。正に世界最高の偉人だったと、称賛されるにふさわしい人だと思う。

人類は真の意味で偉大な人を喪った。しかし、その偉大さを学んだ我々がこれからどう行動していくのか。
それが試される時が来た。
確実に言えるのは決して怒りのみで行動しないこと、そして「考えて」行動することだ。
キング牧師も暴力に頼らずに公民権運動を率いた。憎しみで行動するのではなく相手を許すこと。
ブログ主は頭に血が上りやすいタチなのでなかなか難しいところがあるが、それでも彼らの成したことを学び、参考にしていきたいと心から思う。
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