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真・まうんてんの宿屋

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佐村河内守とハンディキャップ

  • CATEGORYClassical
  • PUBLISHED ON2014/ 02/ 10/ 19:53
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以前も書いたとおり、ゴーストライター自体の賛否はともかくここでそれについて論ずるのは今回の件の本質を突きません。ちなみにブログ主と知人の会話の中で昨年に既にゴーストライター説が出てたそうで、それをすっかり忘れるくらいもともとは興味なかったこととを思い出しましたw逆にいえばそれくらいありふれたことでありますし、音楽評論家の鈴木敦史氏などは割と早くにその情報を仕入れていた為本件発覚以前はあまり触れないようにしていたとTwitterで語っているくらいです。

やはりここで挙げられるのは佐村河内自身が取り上げたという隻腕のヴァイオリニスト少女とその家族への脅迫(皮肉にもそれがゴーストライター氏に告発を決意させたようです)、そして彼をとりまくマスメディアの扱い方と需要のされ方が挙げられるでしょう。
件のヴァイオリニスト家族への脅迫も具体例は分かり兼ねますがかなり下種な内容だったようです。しかしこれについても今回は触れません。

NHKに企画を持ち込んだのはフリーのディレクターで佐村河内とは5年もの付き合いになるそうですが、果たして彼の障碍が真実であったかどうか見抜けなかったのか。
優秀なスタッフがいるはずのNHKが彼の経歴を見ればあのようなオーケストラ作品を書くことなど不可能であることに気付かなかったのか。

答えはNoでしょう。見抜けなかったとすればその無能さは救い難い。

本件の本質というのはゴーストライター云々でも曲の出来栄えがどうこうでもなく、障碍を装ったお涙頂戴物語でひと儲けしようとしたその悪質さにあると考えます。
冒頭で記した通り、ゴーストが作曲しているという情報はある程度出回っていたようですし、それを踏まえてごく普通に曲を評論するということはさして珍しいことではないでしょう。
しかし「かわいそうな障害者」が作曲している、というバイアスがかかった瞬間、そこには一種の障壁が生まれてしまいます。
佐村河内作、とされた曲に対して批判的な発言を公式にしてしまえば善意の第三者()により過剰な攻撃が行われ、それを恐れて褒めることしかできなくなってしまいます。まさに障害者ビジネス。

いちおう書いておきますが「障碍者」にカテゴライズされないレベルではありますが私は片耳が難聴でほぼ聞こえないというハンディキャップ持ちです。幸い骨振動で音を拾うことができるので楽器演奏にさほど支障はありませんが。
そして、知人には障害手帳持ちの人もいます。
が、普段私は対してそれを気にせず接するし、接されます。
例えば私が怒られても「耳が聞こえないことに対する差別だ!!!!」なんつーこた言いませんわいな。やらかしたから指摘されてるだけです。

そうすればいいだけの話だと思うのですが。

耳が聞こえないのに作曲するなんてすごい→それでひと儲け、なんてのは例えそれが真実だったとしても眉を顰めるものです。そういう善意を利用して金を集めようとする姿勢がブログ主は大いに気に入りません。
そして、そこには過剰なまでの障碍者への配慮と偽善が渦巻いていると思うのです。
もちろん、ハンディキャップ持ちの人に対しての手助けは必要です。
ですが、今回の詐欺行為に引っ掛かった人は障碍者へ暖かい視線を向ける自分に酔っていなかったか?

私はいわゆる福祉関係に明るいわけではありませんが、「心のバリアフリー」という言葉を考えることが多くなりました。乙武氏が昨年起こした騒動などがきっかけなのですが、ハンディキャップドの方々に全く配慮しないことも、障碍を持つ人が「してもらって当たり前」と考えるのも同様に誤りなのは間違いありません。
ただ、ハンディキャップドの方々に対して「かわいそう」という視点で接するのは優しさでもなんでもない、ただの偽善でしかありません。
私は、配慮すべきところは配慮しつつ、普通に接すればよいだけの話だと思いますし、普通に自立してる方々もたくさんいらっしゃいます。

耳が聞こえないお涙頂戴物語を金に換えようとするメディアの浅ましさ、それに引っ掛かる人々。これは障碍者福祉ということを考えるにとても大きな問題提起がなされていると私は感じます。
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