真・まうんてんの宿屋

アイリッシュフィドルを演奏しています。福岡近郊のパブに出現。なんか最近やきうネタ増えた。

新垣隆氏のシンフォニー

「現代音楽を勉強している者ならばあの程度の曲は誰にでも書ける、という思いもありました」

件の自称作曲家のゴーストライターを務めていた新垣隆氏のコメントです。
氏の曲を聴いたのは今回の騒動が勃発した後になりますが、最後に新垣氏と彼の創作活動及びその周辺について分かっている範囲で触れてからこの一連の記事を終わりにしたいと思います。

まず、何よりも私が驚いたのは彼が記者会見を開いてからの彼の知人・仕事仲間からの擁護の声の多さです。
それは教師としての教育方法の優秀さのみならず人柄に触れての擁護、さらには業界関係者からの高い評価から来るものでした。ある程度内部から批判めいた声が上がることを予想していた私としては非常に驚かされると共に、今回の件に於いて氏は私の想像する以上に苦しんできたのではないかと思うようになりました。

「これ以上好きな音楽で欺きたくなかった」という言葉は何よりも悲壮で何よりも痛々しい。

作品と人柄というのはイコールではないにしても、ここまで評価されるのは何なのだろうか?と却って興味を持つようになりました。

それから件の「交響曲第1番 HIROSHIMA」を聴きましたが、重苦しい作風ではありますがいわゆる「ゲンダイオンガク」という感じは受けませんでした。「マーラーやショスタコーヴィチのパスティーシュ」という評価をよく目にしますが割と当たっている気もする。

私は楽理を正当な教育で修めた人間ではありませんので主観的な評価しかできませんが、「けっこういい曲なんじゃない?」というのが正直な印象です。確かに上記の作曲家のパスティーシュを感じる部分はありますが、幸い?私はその作曲家にさほど明るくないのでさほど気にはなりません(苦笑)。
少なくとも今回の騒動で封印されるには惜しい曲だろう、というのが正直な感想です。
重苦しい雰囲気にトーンクラスター的なものがばらまかれ、やがて祈りめいたコラールに浄化していく、というのは確かに今となってはありふれたものでしかないかもしれませんが、別に私は西洋音楽は常に発展していくことが命題であるなんてことは思ってませんのでそれも気にはなりませんw
使い古された技法でも素晴らしいものは素晴らしいだろうし、実際にあのシンフォニーは大きな効果を上げていると思うのです。
ただ、私は私で「似非作曲家にいいように使われてしまった不運な作曲家が書いた」というフィルターが掛かった上で聴いている部分はあるはずなので、そういう意味ではどこまで信用してもらっていいかは分かりませんが。
そして、そういう意味では「障碍と戦う作曲家」のイメージに引っ掛かった人たちを笑えない部分があるのも事実です。ですが、その上で「いい曲じゃん」と思いました。

ですから、似非作曲家のエピソード云々は置いておいて、本当の意味でこの曲が気に入った方々はそれを封印する必要はないし、「でもやはりいい曲だと思う」と言ってしまってよいと思います。ここまでアレなのはないにしても真実を知るとズッこけるエピソードは本家クラシック業界にもたくさんあります。なのでブログ主的にはそんな周辺のアレなエピソードに気を揉んで評価をひっくり返す必要はないと思いますし、いい曲だと感じたご自分の感受性を信じるに値する曲だとも思います。

お涙頂戴のみに引っ掛かってた人は割とガチでいろいろ考えた方がいいと思いますが。ええ、こういうこと書くとイヤな思いする人、いると思いますけど引っ掛かった人も割と共犯化しやすいところがあるので。気分を害されたら申し訳ありませんが私は正直に言ってそう思います。

ギョーカイでもやはり蜂の巣をつついたような騒ぎになっているようで、新垣氏を実際に知る人々はTwitterでなかなかに興味深いことをツイートしていたりします。
かわいそうなのはエセの方を誉めてしまった音楽評論家達で、さんざんネット上ではネタにされています。
ネタにされちゃった人たちも何人かはゴーストだということを知っていたと思いますが、ここまで大事になるとは思ってなかったんだろうなと思いますw
ネタにされてる方々の中でもブログ主が著作に触れた方々もいるし、影響を受けた方々もいるので何とかこの嵐が通り過ぎるまでは頑張って耐えてほしいな、と思います。。。
ただし許光俊、テメーは別だ。



最後になりますが、現在(2/10)桐朋学園から新垣氏に連絡が取れない状況だそうです。新垣氏は既に辞表を提出しており、合わせる顔がないと思っているのかもしれませんが騒ぎが大きいだけに正直ちょっと心配です。
某掲示板のタレこみでは某所に匿っているとのことでしたが(割と信頼できる情報)、それでもちょっと心配ですね。。。
新垣氏の才能がとても素晴らしいものであることに疑いの余地はありませんし、多くの学生に慕われる教育者でもあるようです。こんなことで氏が埋もれてしまうのはあまりにも惜しい。
「新垣先生」で検索すると氏の処遇に寛大な対処を求める署名サイトがヒットします。
このブログを見ていらっしゃる方の中で賛同される方がいらっしゃるならばそちらで署名を行うのもよいことかもしれません。

ちなみに私は署名をいたしました。このような事件であのような方が埋もれてしまうことには強い憤りを覚えるからです。ただ、そのサイトでは署名の際にある程度の個人情報とメールアドレスが求められます。それからSNSサイトにて広めてほしいというメールが来ます。新垣氏のみでなく様々な署名を受け付けるサイトのようですのでそういうシステムなのでしょうが、その二点は了承頂いたうえで署名していただく必要があります。

なお、署名の際のそういった手間と、あくまでも署名するかしないかは本人の判断に委ねるべきだと考えますので、該当サイトへのリンクは当ブログでは貼らないこととしました。あくまで「ブログ主は署名した」「思うところある方は署名するのもよいと思います」という二点での紹介ですので、直接リンクを貼るとそこになんらかの強制力が発生するかもしれないことを考慮いたしました。いろんなご意見があるかと思いますが、何卒ご理解くださいませ。
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