真・まうんてんの宿屋

アイリッシュフィドルを演奏しています。福岡近郊のパブに出現。なんか最近やきうネタ増えた。

「楽しむ」ということ

「楽しむ」という言葉をここ数年、意識させられるようになった。
「楽しかったらいいのよ~」
「楽しくなきゃね~」

意識させられるようになった。ネガティヴな意味で。


まず、念頭に置いておかなければならないのは人によって「楽しい」という感情が沸き起こる瞬間には違いがあるという、ごく当たり前の事実。
野球を見るのが楽しい人がいる
サッカーを見るのが楽しい人がいる
野球/サッカーを見ないけど、実際にやるのが楽しい人もいる
それだけ多様性がある。もちろんそれは音楽を演る、という点でも同じだ。
皆で和気あいあいとやるのが楽しい人がいる
本番でいい演奏ができることが楽しい人がいる
練習して自分のレベルをブラッシュアップすることが楽しい人がいる

ただ、一般に「楽しい」というと「和気あいあい」を指すことが多いような気がするし、それが大多数である気がする。
それが楽しいのは事実だけど、それだけでは楽しくないという人がいるのも事実。
しかし、「和気あいあい」派は「楽しかったらなんで悪いの?」という考えを押し付けてくるような気がしている。

本番で上手くいかなくて、「楽しかったらいいのよ」と言われたところでこちらとしては上手く行かなきゃ楽しめないし、普段の練習の成果も出せなきゃ腐るしかない。そんなフォローされてもこちらとしては無神経だろう、としか言いようがないのだが。


最近、「和気あいあい」派が徒党を組んで、無意識的だとは思うがいい演奏派を排除しているという光景をよく見かける。
その結果、私たちってサイコーの仲間だよね!というところまで到達している光景もよく見かける。
挙句の果てにいい演奏派がストレスに耐えかねて変質していくという光景もこれまたよく見かける。
ブログ主はそんなところからはとっととおん出る素晴らしい協調性の持ち主なので致命的な事態には陥らなかったが、抜けられず、さりとてほかに居場所も作れない人の悲哀というのをそれなりに見てきた。
他人事じゃない。ブログ主も運が悪ければそうなっていたのだ。
そして、それが人を傷つけていることに気付かない連中が歯がゆい。


友達といっしょに演奏するのは楽しいけど、馴れ合いは好きじゃない。
ブログ主の英語能力の問題も多々あるだろうけど、アイルランドではそんなことあまり感じなかったな。
どこのパブ行っても「おおー、入れよ」と受け入れてくれる光景、日本ではどのくらいあるのだろう?
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