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真・まうんてんの宿屋

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シネイド・オコナーを聴く

  • CATEGORYRock/Pops
  • PUBLISHED ON2011/ 01/ 27/ 00:36
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TSUTAYAにレンタル落ちがあったので即買い。ジャケットが怖い。


I Do Not Want What I Haven't GotI Do Not Want What I Haven't Got
(1992/04/20)
Sinead O'Connor

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この人、とかく情念が濃いイメージがあります。厳格なカトリックに馴染めず辛い子供時代を送ったとか。
子供のころに抑圧されると、それは大人になっても何か尾を引いてしまうもの。

ローマ法王の写真を引き裂いてしまったことでそれはもう、とんでもない叩かれっぷりでした。ローマ法王と言っても当時はシスの暗黒卿じゃなかったが。当時はアイルランド出身のミュージシャンは結構過激でした。しかしそれは体当たりのパフォーマンスとも言えるのです。U2の"Under a Blood Red Sky"は過剰なまでのパフォーマンスに見えますがそれが当時のアイルランドのリアルだったのだと思います。
ちなみにローマ法王事件、日本のロッキン・オン誌などは結構同情的に取り扱ってたのですが、キリスト教圏ではどうだったんでしょうか?って聞くだけ野暮か。
どっちが悪いってこともない。どっちが正しいってこともない。それがあの事件の真実だとは思いますが。

アルバム構成は基本的に重厚ですが、突然リールが始まったりしてアイルランドの伝統に意識的だったことが伺えます。それがシネイドの意志なのか、レコード会社がアイルランドぽさを押し出そうとした結果なのかは分かりませんが。ただ、シャン・ノース的なほの暗い世界観はクラナドに通じるところもあり、アイリッシュ・ミュージックとポップスの融合という流れはこのころから本格的になっていったことを示しています。

自分の中ではアイリッシュミュージックはエンヤが道を開いて、タイタニックによって爆発したという印象なのですが、こういうアルバムを聴くとアイリッシュのメジャー化はもっと周到に準備されていたんだなぁと感じます。
考えてみれば20世紀後半のロック/ポップ史に於いてアイルランド系ミュージシャンの果たした役割は非常に大きく、アイルランドのトラッドとの融合という流れができることはごく自然な流れだったのでしょうね。

このアルバム、まだ1回しか聴いていませんが、トラッドに比べると感情というか怨念が籠ってるように聴こえます。しかしそれがグロテスクなものではなく実に美しい音楽として流れてくることに深い意味を感じます。
師匠がよく言う言葉に「マイナスの感情を音楽によって洗い流す」というものがあります。いい音楽に無心に取り組めば、ネガティヴな感情は化学反応を起こして反転します。そういう意味では、音楽とはセラピー的な要素があるのかもしれませんね。そして、それは所謂「癒し系」という言葉でくくられるべきでない本質的なものであるという気がしてならないのです。



ところで、この人昔は「シンニード・オコナー」っていう表記でしたよね?そっちのほうが馴染みはあるんですが、発音としては「シネイド」の方が近いそうな。日本語むずかちい。
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Sinead O'Connor

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