真・まうんてんの宿屋

アイリッシュフィドルを演奏しています。福岡近郊のパブに出現。なんか最近やきうネタ増えた。

炎の中継ぎ

ソフトバンクホークス、日本シリーズ進出おめでとうございます。
悲願のCS突破、熱い想いが止まらない。

ダイエー・ホークスとして福岡の地に来てからというもの、親会社がソフトバンクになったりしつつ、最早パリーグの強豪という地位は揺るがなくなってきている感があります。実際、所謂「暗黒時代」よりも強豪チームとなってからの方が年数も長くなっているかもしれない。

若い人はピンと来ないかもしれないが、ホークスと言えば弱小、ホークスファンだなんて恥ずかしくて言えないなんて時代もあった。そんな苦しい時代を戦い抜き、そして1999年の初優勝に貢献した、一人の男がいました。

藤井将雄。

「炎の中継ぎ」と呼ばれた男。

熱いホークスファンのいとこがいるのですが、この話題になると目をうるませていたのを今でも覚えています。

1999年の初優勝、そして日本一に貢献した炎の中継ぎ。

そして、その直後に発覚した病。

余命、三ヶ月。

彼は、その運命に抗うかのように1年近く生き続けましたが、翌年のリーグ優勝を見届けた後、帰らぬ人となります。


今年、横浜に指名された北方選手。彼は、藤井投手の後援会長の息子さんだったのですね。
からつジュニアオーケストラの演奏会に忙しい中足を運んでくれた彼に、少し親近感を抱いていたのですが、藤井投手の後輩になるのですね。それを知って、感慨深いものを覚えます。

そして、ホークスの優勝。一つの、大きな区切りなのかもしれません。





追悼特集 藤井将雄
当時の記事がそのまま残っています。11年前の記事が残っている、ということが彼の存在の大きさを物語ります。
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 スポーツ

2 Comments

take06  

そうなんですよね・・。出来れば福岡に指名してほしかったのですが。もし入団すれば、藤井選手の半永久欠番の背番号を北方くんに・・?という話もあったとか無かったとか。
ホークスの胴上げを見る度に、あのV2の時の胴上げが頭をよぎります。

2011/11/07 (Mon) 00:01 | REPLY |   

まう  

あの永久欠番を渡してしまうと、重圧になっちまうかもしれんからな…。これはこれでよかったのかもしれん。
もちろん、いつかホークスに来てほしいな、と思うけどなw

子供のころは考えもつかなかった強さだよ、ホークス。

2011/11/07 (Mon) 00:45 | REPLY |   

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